社畜の本当の意味を考えてたら定年再雇用が怖くなったので、本気で何とかしようと思い始めた

既に常用語として使われている「社畜」ですが、Wikipedia によれば、以下のような意味だと解説しています。

 

社畜(しゃちく)とは、主に日本で、社員として勤めている会社に飼い慣らされてしまい自分の意思と良心を放棄し奴隷(家畜)と化した賃金労働者の状態を揶揄したものである。「会社+家畜」から来た造語かつ俗語で、「会社人間」や「企業戦士」などよりも、外部から馬鹿にされる意味合いを持つ。

 

なんだかサラリとした説明ですね。

「24時間働けますか?」の延長みたいですが、本当は、もっと深い意味があったのです。

今回は、聞くも恐ろしい「社畜」の本当の意味と「脱社畜」について話してみたいと思います。

 

 

社畜とは?

先ず、基本である「家畜」の意味を理解しましょう。

今度は、ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典からの引用です。

 

家畜(かちく)とは

人間が飼育して利用する獣類のこと。(中略)単に野生の動物を捕えて飼い馴らしたものではなく,野生獣とは品種を異にするまでに淘汰を重ねて,その子孫もまた家畜として生れるものをさす。

 

これを会社と人に当てはめて解釈すると、空恐ろしい状態であることが分ります。

社畜とは、決められたビルの中で餌(賃金)を与えられ飼いならされた、自分で食料を捕獲することのできなくなった人のことです。

しかもその習性は配偶者・子供にまで影響し、社畜と言う生き物になってしまうと断言しています。

つまり、本人だけではなく家族もまた社畜なのです。

もしかしたら親戚も含んで、一族が社畜と言うケースもありそうです。

 

 

社畜の一生


生まれたばかりの社畜はたいそう可愛がられます。

主人に仕えるべく大切に育てられ、働きに応じて餌(賃金)が振る舞われます。恩恵は、社畜の家族にも行き渡ります。

主人に反抗せず、寡黙に命令に従い役に立っている間は、幸せな生活を送ることができます。

しかし、怪我をしたり、反抗的な態度をとる社畜には冷たい仕打ちが待っています。

年老いた社畜は、それまでの働きに対して敬愛の念を持って接してもらえる半面、早々に静かな終末を迎えることが求められます。

 

 

社畜はペットではない


言わずもがな、社畜は自分で餌を得ることができません。

この点ではペットに似ていますが、ペットのように愛玩されている訳ではありません。

社畜は労働力の代替手段に過ぎません。

従って、一定の労働力として認められなくなれば、野に放たれ後は知らんぷりか、最悪のケースでは食用として消費されたりします。

愛情を持って育てられる家族同然のペットとは、後日、天と地ほど扱いの違いを受けるようになるのです。

 

老いた社畜は終活へ向かう

 


最近、定年再雇用も、社畜人生の延長でしかないことに気がつきました。

順当にいけば、再雇用者は、居心地の良い柵の中で終末を迎えます。

ほどほど疲れて体力もなくなっていますが、現役時代の働きに応じた仕事も得ることが可能です。

自分の命を守るすべ(餌を捕獲すること)を身に着けず野に放たれれば、あなたの人生終わりですって言われてると同じです。

若いうちなら自力で捕獲能力を身に着けることもできそうですが、十分に飼いならされて、柵の中でしか生きて行けない状態になったら、自力で餌を捕ることは大変困難になります。

執行猶予は5年です。

5年経てば、あなたも私も野に放たれます。

自由とともに恐怖を背負って生きて行くことになります。

 

 

脱「社畜」宣言


環境が変わった時に生き残れるのは、変化に気づいて、環境に適応した者だけです。

環境の変化に気づかずにいたら「ゆでガエル」ですが、あなたも私も気づいてしまいました。

柵の外で暮らす期間は、想像より途方もなく長くなりそうです。

居心地がいいからと言っていつまでも居すわっているのは、不幸を先延ばししていることでしかありません。

 

社畜人生を断ち切りましょう!

社畜をやめましょう!

 

二度目の定年後、あなたは、また社畜になりたいですか?

孫子の代まで社畜として一生を送りたいですか?

 

変わりましょう!

 

時間は、あまりありません。

だから、気づいた時が吉日、動き出すのに手遅れはありません。

 

体力を整えましょう!

知識を獲得しましょう!

 

本当の意味で、自分の力で生きていく力を手に入れましょう。

人生最後の社畜の時間は、会社の為ではなく、あなた自身の為に使いましょう。

 

60歳、遠回りしましたが、まだ遅くはありません。

 

自分にそう言い聞かせましょう。

 

思い込めば何とかなります。